新山猫最終章を終えて

新山猫最終章を終えて気づけば3週間近く経ってしまいました。

遅くなってしまいましたが、劇場まで観に来て下さった方々、クラウドファンディングという型で支援下さった皆様、あらためまして本当に感謝しております。ありがとうございました。

千穐楽の舞台上でも少し話した事なのですが、この山猫という作品は自分の人生を投影したものでした。

自分の話になるのですが、子供の頃俳優になりたくて東京のオーディションを受けた事があって、それで東京に来て下さいみたいになったんですけど、まだ高校生だったんで親に卒業するまで待てみたいに言われたんですよ。

そんでそれが嫌で家出した事があって、結局3〜4日家出した後、東京に行こうと仙台駅に着いたところでお巡りさんに捕まってしまって。

親が捜索願いみたいなの出してたらしいw

そんな事があって一度俳優を諦めたんですけど、その後友達の誘いでウルトラマンショーのアルバイトを始める事になったんですよ。

それが楽しくて学校の休み時間も放課後もアクションの練習ばっかするようになって、そんで高校卒業してからもずっとウルトラマンの仕事して、20歳の時に円谷の門戸を叩いて本格的にスーツアクターの仕事に就くんですけど、いつだっけかな?2008年かな?

当時八幡山にあった円谷プロの本社に呼び出されて、かなりざっくりだけど、円谷プロは買収される事になったから辞めるか新たな親会社の言いなりになるか選べみたいに言われて、

誇張じゃなくかなり高圧的な言われ方して、そんで一緒にやってきた先輩達には恩義があるけれど、新体制の円谷プロにはそんなもんあるかい!てなって辞めるんですよ。

それが27か8ぐらいの頃でそっからウルトラマン以外のアクションの仕事を沢山するようになって、はじめは仕事が無いからなんでもやったんですよ、アクションシーンがあるピンク映画のアクション要因からご当地ヒーローの現場とか様々な事やりました。他所のヒーローショーの現場でかなり理不尽に怒鳴られたりもしたしw

こんな事する為にアクションの練習してきたんじゃねぇ!とか思う現場もありましたけどw

まぁでも多分元々アクションの実力はあったからwすぐに仕事は繋がっていくんですけどw

そんで大作と言われる映画のアクション部とかにも行くようになるんですけど、この頃アクションがあまり面白くなくて、なんかリアクション要因とか、スタントカットの吹き替えとかがあまり好きじゃなくて、どんな大作だろうが端っこのアクション要因やるより、ヒーローショーだろうが主役やりたい!みたいに当時は思っててw

今はそんな事思ってないですよw

楽しいかどうかとかやり甲斐があるかどうかは現場は関係無くてどんな場所でも自分で見つけるもんだと思ってます。

見つからない時もありますw

そんな中で自分が好きだった現場が花やしきの忍者ショーなんですけど、当時JAEに所属していてそこではじめて主役で顔を出して台詞喋ってアクションさせて貰ってたんですよ。それが凄い楽しくて。

JAEの先輩に「丸ちゃんの芝居好き、丸ちゃん俳優に向いてると思う」って言って下さった方がいて、今思えばただのお世辞かもですけど、今でも忘れられない言葉の一つです。

その言葉で新たな人生が動きはじめるんですよ。

俺も人の人生の助けになるような言葉を言える男になりたい。

で、スタントマンじゃなくて役者やりたい!って思って。多分高校生の頃から変わってなくて、ウルトラマンやってたのはウルトラマンを演じるのが好きだったんだなと…

別にスタントやりたい訳じゃないんだと思って昔の円谷の芸能部のマネージャーだった人に相談したんですよ。

俳優やりたいって。

そしたらお前じゃ無理って言われましたw

もう遅い、あと5歳若ければギリいけたかも。みたいに言われて、お前はイケメン枠で戦う事になるからそしたらもっと若くてイケメンがいっぱいいるから厳しいとの事。

当時はもう30代で役者としては新人だったから、確かにオーディション情報みても20代半ばまでみたいなのばっかりで全然無かった。

俳優になりたいんだったらウルトラマン長くやり過ぎたと言われたショックを覚えてますw

そんな時に知り合いのアクションマンがある舞台に参加するという話を聞きまして、その舞台の出演者の名前を見たところ花やしきで一緒に仕事してた人の名前があったんです。

それが南誉士広さんと人見早苗さんて方なんですけど…そうです、南誉士広さんは山猫にも出演してくれた南さんです。

つまりその舞台は劇団BRATSだったのです!

そんで俺も出たい!なんとか口利いて貰えませんか?と打診したんです。

そしたら南さんから座長の桃さんに話してくれて参加OKを貰ったのです。

ただし、もう役は全部決まってるのでアクションアンサンブルでもよければとの事。

全然良いです!是非お願いします!てな感じでBRATSに初参加しました。

これがめちゃくちゃ楽しくて、そして何より勉強になった。

自分より年下のBRATSメンバーが自分達で自分達のやりたい事を形にしようと切磋琢磨してる姿がめちゃくちゃ刺激になった。

それから桃さんには何度もBRATSの舞台や他の仕事で呼んでくれて、その度勉強になって、舞台が好きになって。

もう自分を売り出してくれる事務所なんて無いし、オーディションの募集すら無いおっさんだし、自分のやりたい事、やりたい場所は自分で作るしか無い!

そうしてはじまったのが劇団丸組でした。

さてめちゃくちゃ長々と書き連ねてきましたが、ようやく山猫の話しになります。

丸組を立ち上げてから色々あったんですけど、すっ飛ばして新山猫の話しから。

ちょうどコロナになってエンタメがストップした2020年の夏にコロナなんかに負けてらんねぇ!と思ってはじめたのが2021年1月に上演した新山猫でした。

実は第二章、第三章、そして最終章までこの新山猫の頃からざっくりとした内容は決まってました。

まず主役の山猫は自分自身を当て書きしたキャラクターです。

山猫の言動や価値観はほぼ自分なのです。

そしてこの山猫という作品は実はきりの物語なんですけど、作中ではきりの目的を山猫が支えるという構図で旅が続くのですが、実はきりも自分なのです。きりは女の子なので自分では演じられないので当て書きというわけにはいきませんが、山猫ときりの旅は自分の人生の旅を表してます。

第二章で明かされたのですが、山猫は自分自身の仕事のせいで娘を失ってしまった過去がありました。

きりは真っ直ぐで自分の目的に向かって一直線です。

山猫は現在の自分自身できりは過去の自分自身を表してます。

(過去作のDVDをお持ちの方は注意深く台詞を聞いてみて下さい。山猫やきりの思想的な発言や、何かに意見するような台詞は僕の思想を代弁してたりします)

そして新山猫では基本的に全ての役を当て書きしてます。僕が脚本書いてるのですが、もうところどころそれ本人に言ってるだろwみたいな台詞もあるぐらい。

今回W主演ポジションの義豊こと土方歳三役の桃さんに至っては新山猫はじまった当初から俺の中では決まってました。

BRATSから俺の演劇が始まって、最初は下尾さんに出て貰って、三章でのりさん、熊さん、南さんときたらラストはこの人しかいないだろてな感じで。

そんで山猫のストーリーなんだけど、

山猫ときりは必死に戦争を止めるために旅を続けてきましたがきりの戦争を止めたいという願いは結局叶わないんです。

申の台詞にお前達の旅は結局無駄だったんだという台詞があるんですけどそれに対してきりは無駄なんかじゃ無い!と言い返します。この旅で見つけたのは仲間という絆なんだと。

自分は俳優になりたくて、でも売れなくて、俳優としての仕事が無いから自分で劇団を立ち上げて、結局その劇団もたいして売れなくて、はっきり言って仕事としては成立してないんですよね。

劇団の負債を返す為に働いて、クラウドファンディングのような支援が無ければ到底成り立たない制作状況なんです実は。

ちょうど高校生で家出をした直後ぐらいの頃に両親が離婚しました。

新山猫最終章を何年も会ってない父親が観に来てたらしいんですけど、父が母に「あの時東京に行かせてやればよかった…」と呟いたそうです。

父は半分ボケてるらしいんですけど、そんな事は覚えてるんだと…

でもあの時東京に行けなくて本当に良かったと今は思ってます。

今自分が大変な時に、自分のやりたい事を実現する為に力を貸してくれる仲間達は、ウルトラマンで出会い、ピンク映画で出会い、ご当地ヒーローで出会い、東映のヒーローショーで出会い、大作と呼ばれるアクション映画で出会い、花やしきで出会い、BRATSで出会い、そしてその出会いがあったからこその巡り合いで出会った仲間達だから。

実は丸組は演者以外の音響も照明も皆人生の旅の途中で出会った仲間達なのです。

本当にどうしようもないピンチに駆けつけてくれた山猫の過去作の仲間達がリアルな人生の過去に色んな現場で戦ってきた仲間達という事です。

そして皆山猫を守りながら戦うんです。

胸熱。

自分はあの助けにきてくれるシーンはいつも泣いてました。

リアル人生で言うと、

俳優としては売れなかったし、劇団も大きくはならなかったけど俳優人生の旅で手に入れたかけがえのない仲間達こそが僕の宝です。

きりの最後の台詞に辛く悲しい事もあったし、私を批判する人や離れて行く人もいたけど、その逆に楽しい事や嬉しい事も沢山あって、仲良くなれた人もいた。それは一生懸命生きてきたから、という台詞がありました。

そしてきりの出した答えが自分の好きなように一生懸命生きる!という事でした。

最初に言ったようにきりは僕なので、この台詞こそ丸組を立ち上げてから僕が見つけた答えでした。

例えばアクションを生業としてたら怪我をしたら終わりなのか?

きっとその人が一生懸命アクションに向き合っていた人なら誰かが必ず救いの手を差し出すんじゃないでしょうか?

逆にアクションに対して不誠実だったり毎回どこか引いてるようなあまり熱量や本気さを感じられないような人だったらどうでしょうか?

今まで沢山の俳優、スタントマンが丸組に様々な形で参加して下さってそれぞれ色んな向き合い方をして下さったと思いますが、

座長としてまわりを見て思った事は、

一生懸命生きてさえいれば人生の道は勝手に作られていくものじゃないのかなと思います。

これはあくまで僕が出した答えなんで違うよ、そんな事は無いと思うかもしれませんが。

実際丸組で出会った仲間同士が繋がって違う現場で一緒に働いてたり、俺自身桃さんに呼んで貰ったり。

それは例外無く一生懸命だった人にしか起こらない事象だなと。

そして僕は、僕に一生懸命力を貸してくれた仲間達が辛い時、苦しい時は全力で力になりたい!思います。

そして好きに生きるという事。これは好き勝手に生きるという意味では無く、好きな事に生きるという事。自分の好きなものが分かってるなら貫いて生きるという事。自分に言い訳してまわり道せずに、挑戦する事が怖いからって好きでもない道を選ばずに、自分は若い頃金が無いからと芸能に関係ないアルバイトをしませんでした。これからもしません。一生懸命好きに生きれば、小劇場のアンサンブルにだってチャンスと運命の出会いは埋もれてるはず。一生懸命やってる人だけがそれを掘り起こせるのかなと。

これから沢山恩返ししないと。恩返しって良いよね!こっちも幸せな気持ちになる。これからの恩返しの人生も楽しみだ。

新山猫がはじまった時はコロナの真っ只中で、ちょうど本番直前に緊急自体宣言が出されて160席の客席にお客様が18人しかいないという日がありました。出演者のほうが多いという…

第三章では自分自身がコロナに罹患して本番前日に中止になり…

そして新山猫から最終章までやり遂げようと話してた大切な仲間との別れ

本当に辛い事が沢山あった。

でもその度に一緒に涙を流してくれる仲間達がいて、応援して下さるファンの方達がいて。

そして新山猫最終章、大千穐楽。

240席のシブゲキ。満席の客席。はじめてのスタンディングオベーション。

あの光景が今でも忘れられません。

今思い返しても涙が出そうになります。

あの光景を見させてくれたのは丸組に力を貸してくれたみんなのおかげ。

最終的に何が言いたいかと言うと、僕の人生の旅は幸せでした。

そして恩返しもあるし、もっともっとおもろい事したいし、そして何より応援して下さる皆さんに恩返ししたいので!

何が一番の恩返しになるのか?それはあらたな挑戦、新作上演しかないでしょう!

て事でもう一走りします!!!

劇場版山猫もね!

最後にいくつか写真置いておきます。

山猫&きりとアイヌのみんな!
三章トリオ!
やかましい弟達!
可愛い妹達!
山猫vs巳!
父上とお父さん!
十二支⁉︎
山猫と新選組!
HBD優香!
最高な時間をありがとう。